猫とワタシ

ご供養物語

2014年6月 大日如来さまに導かれて始まった 広く深い故人のご供養のお話

この記事のみを表示する61番目は五郎さん

供養

そろそろ りんどうにお疲れ様 を言おうと決めたので、りんどうで行う最後のご供養です。

林檎もあったのですが、前日に作ったアップりパイを食べていただくことにしました。
念のため 聞いてみましたら、良いのではないですか? と。

実際に五郎さんに召し上がっていただきましたが、ハイカラですね と笑っておいででした。

さて ご供養に戻ります。


五郎さんは船頭さんでした。
朝は早くから 川漁に出掛けます。
帰って来てひと休みすると、今度は渡しの船頭さんになります。

そうやって一日中 舟に乗っていました。

ある日 ふと水面を見ると 幼子がうつ伏せに浮かんでながれてきました
慌てて 救い上げると、まだ息があることに気が付きました
周囲を見渡しても 誰も姿が見えません

ひとまず家に連れて帰ろう

着ているものが自分たちとは違う良いものだったので、嫌な気がしたそうです
そこで 絹の着物は脱がして 自分と同じ木綿の粗末な着物を着せました

しばらく様子を見ていましたが、どこからも何にも聞こえてきません

それでも心配になり、五郎さんは商売道具の舟で 町を出ました

それから10数年が経ち、五郎さんは元いた町に戻ってきました
三太と名付けた男の子も一緒です

町の様子はさほど変わったようには見受けられませんでしたし、人探しの話も誰からも聞くことはありませんでした


何が気掛かりなのですか?

三太は何か事件に巻き込まれていたんじゃねぇかと思います
あっしなんかとはまったく別の世界に生きるはずだった
あの時 お上に 届け出ていたら、三太なんていう名ではなく 立派な名前で生きたんじゃねぇか

そう思うと、申し訳ない気がします
一方で、申し出ていたらせっかくあっしが拾った命を むざむざ散らすことになっただろう という思いもあるんでさぁ

どっちにしても、三太はどんな風に生きたんだろう って気になりましてね・・・

わかりました
では三太さんに来ていただきましょう


三太さんは、見事に変身されていました。
名前も 今は三太ではありません。

五郎さんをご存知ですか?

はい 五郎は私の父親 いえ おとう です
実の父ではなかった と後でわかりましたが、それは大事にしてくれました

そうでしたか

おかしいとは思ったのです
船頭のせがれなのに、学問所に通わされました
粗末な着物を着ているのに、生活も決して楽ではなかったのに、
なぜか おとうは学問を習え と言い続けました

おとうが死んで、身の回りのものを整理していて見つけたのが絹の着物でした
小さな男の子用の絹の着物・・・
そこには おとうの読みにくい字で ばんしょにいってみせろ と書いた紙がありました

結果 私は旗本の血筋だとわかりました

行儀見習い と言いますか、書生と言いますか そう言った名目でお屋敷に引き取られ、その後養子縁組をし、今は跡目を取っています

慣れるまで大変でしたが、おとうが学問所に行かせてくれていたおかげで、仕草や言葉使いは笑われても 知識で笑われることはありませんでした


三太さんは そう 勢い付いて話してくださいました。

五郎さんは その話を涙を拭きながら聞いていました。

三太!

おとう!!

ふたりはしっかりと 抱き合いました。
抱き合って、背中をたたき合って そして 泣いていました。

しばらくして、三太さんが言いました。

おとう 私の妻と息子に会ってください

五郎さんは一瞬ひるんだ様子を見せました。

おとう 何も心配はいらない

三太さんはそう言って笑いながら、同年輩の女性と男の子を呼び寄せました。

ふたりは五郎さんにとても優しいまなざしを向け そっと手を差し出しました。

ありがとうございます
あなたさまが夫を育ててくださった いのちの恩人ですね

とても優しい美しい声で、そう言いました。

五郎さんは、思わず膝をついて その手を押し抱きました。
すると 妻女も膝をつきました。

困ったように三太さんを見上げる五郎さんを見て、三太さんは大笑いしました。

おとう 私の妻はおとうを見下すような人ではありませんよ


やがて 光のシャワーを充分に浴びた 五郎さんと三太さんがゆっくりと長い階段を一段ずつ 昇りはじめました。

五郎さんの足元を見て、笑いながらゆっくりと昇っていきます。

その 数段後を三太さんの妻と息子が やはり 楽しそうに笑いあいながら 昇っていきました。


ありがとうございます(^人^)
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