猫とワタシ

ご供養物語

2014年6月 大日如来さまに導かれて始まった 広く深い故人のご供養のお話

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この記事のみを表示する37番目 謙次さんと弘二さん

供養

 坊主頭のおふたりが ご供養のために出てこられました。

まるで親子ほどの年齢の差があるようです。どうしたものか 上の方に聞いてみました。


 特に関係があるという事ではありません
どちらかおひとりのご供養をそばで見ていれば、自ずと理解される 
ですから、あなたがおひとりを選んで ご供養しなさい


先に出てこられたのは年配の方ですが、自ずと理解される という事であれば、お若い方のご供養が適切だろうと考えました。

 お若い坊主頭の方は、謙次さん と仰います。
うまく説明できそうにない という事でしたから、おふたりには木の実を食べていただき、私は生きざまを見せていただきました。


 かなり裕福な農家の坊ちゃんのようです。
中学校から肩からかける鞄を縁側に投げ出すと、おやつは何? と聞きました。

縁側でむしろの上で豆を選り分けていた年配の女性は、おばあちゃんだそうです。
台所に置いてあったふかし芋をほおばると、謙次さんは友達の家に駆けて行きました。

しばらくして 大柄な男性=父親とおとなしそうな年配の男性=おじいさん が帰ってきました。
ふたりとも あまり陽気ではなく、どちらかと言えば不満を抱えている様子・・・
その後には、謙次さんよりも年嵩の女性が赤ん坊を背に 足元の小石を蹴りながら、こちらも うんざりだな~ といった感じで帰ってきました。

この女性はお姉さんだそうで、赤ちゃんは彼女の子供です。

この家族に欠けているのは、謙次さんの母親の存在。
いつも元気に笑っているのは謙次さん一人。
おばあさんは常に平然としており、ほかの家族は不機嫌そうに黙っています。


ここまでみて、謙次さんに訊ねました。
おかあさんはどうされたんですか?

僕はよう 知らんのです。
僕の家には、秘密がようけぇ あるようじゃけど、それを僕には誰も教えてくれんのです。

その後の謙次さんですが、高校生になったころ 川でおぼれて死んでいます。


僕は母親ちゅうのを 知らんのです。
おばあちゃんが母親代わり。
でも おかしいんです 姉ちゃんはしばらく居らんことになっとって、帰ってきたら赤ん坊を連れとった。
父さんも 毎月何日かは泊りがけでどこかに行っとるんです。

そういうことを 僕はなんにも知らされんと、おばあちゃんと待っとるだけ。
おかしぃないですか?


 お父さんたちを呼んで良いですか?

 お父さんとお姉さん、そしてその後ろに隠れるようにして おじいさんが来られました。

謙次さんが、お母さんのこと、お姉さんと赤ちゃんのこと、お父さんの毎月泊りがけで行く先のことを知りたい と言っておられますよ。


そうですか・・・
では すべてお話しましょう。

まず 姉のこと。
娘は母の嫌う相手と恋に落ちました。
妊娠すれば、結婚できるだろう と考えたようです。
しかし 養子娘の母は、そういったことを許しませんでした。

ですから、妻のところへ身を寄せて 子供を産んだのです。


えっ 妻と仰いましたか?
奥さんは 生きていらっしゃる?


はい 小夜子と言いますが、母は小夜子を気に入って私の嫁に迎えました。
しかし、誰にでも優しかった小夜子の行為を 養子の父は勘違いしてしまったのです。
父は、母に対するよりも 小夜子に対して優しくなりました。

それに気が付いた母は、父を追い出すのではなく 小夜子を追い出してしまったのです。

でも、離縁にはしないでくれました。
母と父が逝ったので、小夜子を家に連れて帰りましたが、その頃には謙次も死んでいたのです。

もちろん 娘も赤ん坊の父親と祝言を挙げました。
みんな 思うとおりになったのに、謙次だけはそこに居なかったのです。


謙次さんはその話を 近くでみんな 聞いていました。

 おばあさんにも来てもらいましょうか?

もちろんです!

 おばあさんが来られました。
小夜子さんを見つけると、おばあさんは縋るようにして小夜子さんの手を取り、すまなかった と涙を流しました。

小夜子さんもその姿を見ると、涙をこぼしながら 言いました。

良いんですよ もう 済んだことです。
養子娘のおかあさんは、あんな風にしか生きられなかったんですよね。

逆に、私はおかあさんの命が尽きる日を心待ちにしていました。
どうか 赦して下さい。

おじいさんも娘さんも 言いたいことはあったでしょうが、おばあさんとおかあさんの姿を見て すべてを納得したようです。

そこへ謙次さんも加わり、家族全員で一度は大泣きしたものの、笑顔で涙を拭き 静かに光の元へと階段を登っていきました。


さて その様子をみていた 弘二さん。

いかがでしたか?
なにか 思い当ることは おありですか?


そうですね・・・
私の母も養子娘でした。
父が私の妻に異常に優しくした という事実は知りませんが、それでも妻を追い出そうとしたのは一緒です。

その時、私は母を捨てました。
妻を選び、生涯母には会いませんでした。


どうされますか?
おかあさんに来ていただきますか?


そうですね、会って詫びたいと思います。


来られたのは、地味なれど値段の張りそうな着物をすっきりと着こなしたご婦人です。

その姿をみると、弘二さんはすぐにひざまずき 申し訳ありませんでした と仰いました。

手を挙げなさい。
私はあなたを恨んだことはありません。
子供はいつか 親を越していくもの。

ただそれだけのことです。
ひとりになっても、私には書道のお弟子さんたちがいましたから 寂しい老後ではありませんでした。
安心なさい。

弘二さんはしっかりと 母親の手を取ると、ゆっくりと光の元へと還っていきました。



ありがとうございます(^人^)

 


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